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更新日時:2019.01.20


小説 / SF・ファンタジー

連載中 5.鮎の眼をした雪女

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 高校でわたしは普通科の、ガリ勉進学コースにいたが、天野里美は女子生徒ばかりの食物被服科にいた。紺色の制服姿の、長すぎるような眉と小さく並んだ歯の印象が残っている。同期のコースに医者の息子がいて、彼女を好いて話しかけたが相手にされなかったと聞いた。里美の視線がわたしの方を向いていると感じた時期もあったが、それ以上うかがい知る機会はなかった。

 わたしが高校を卒業する頃、里美は退学していたのではなかろうか、制服姿を学校で見ていない。福岡市との県境に進学高校ができるまで糸島には、農業の専門高校はあっても男女共学の普通高校は一校しかなかった。男女共学の普通高校は、同じ世代の若者たちが青春を味わい思い出を作る数少ない場所と言ってよかったろう。

 学校行事で、雪中登山が行われた時のことである。

地蔵堂の裏側に水の流れがあり、悪童たちが行き来する魚影を見て石を投げはじめた。網がないので、遊び半分に小魚を傷めて捕まえる方法を試みていた。

魚の一匹が石に打たれ、白い腹をみせてくねくねと、流れはじめた。下半身がちぎれかかっている。下流の淵に赤い登山靴の里美がいた。袖をたくしあげて川面に手を伸ばそうとするのが見えた。短い登山靴では川の中に入れない。

 山歩きのばかでかいゴム長をはいたわたしもそこにいた。長靴に縄を履かせれば(まきつけると)滑らない。登山靴がないから父の長靴を履いて来ていた。

 背丈のあるゴム長で川に入ると水がはいってこなかった。

魚をすくって里美の手に移した。手の中で浮かんだ魚を見る里美の眼が忙しく瞬いて揺れた。

「やめて!」上流に向かって言った。

 悪童たちは投げるのをやめない。

「当たった。どうだ、オレのがあたったろうが」──競い合っていた。里美は歯をむきだした。

「生き物は生きている間が修業なの!この生きものがあなたたちのお父さんやお母さんでも

平気?」祭事を手伝う娘に父親が言う言葉かもしれなかった。

 生きることを修業と言われても、生きていることの価値を考えようともしない年頃であった。

──わたしにも分からなかったので、苦笑いして、「もう、やめんば!」言った。

 悪童たちは、今度は向こう岸に石を投げはじめた。

「いいやねえか、めったにあたらん!」

「おー、こわっ!巫女さんが言うんじゃ罰が当たるけんな」

 悪童の中には札付きの義弘や東原たちがいた。

 里美は手のひらから死んだ魚を川に流した。

 

 里美の母親はあちこち流浪して本岡の老人ホームに入った。その後、市の養護施設に移って死んだという。あれこれあったらしく、借財を重ねた色きちがいの後家さんと言われて身一つで死んだ。死んだ時は、先代住職がなくなって久しかったが、今の和尚が市の指定霊場を訪ねて位牌を持ち帰ってきたという。まったくの無縁仏にするというわけにはいかなかったのであろう。

 娘の里美はその前に死んでいたのだがわたしの耳に入っていなかった。母と娘が祭礼を巡回する旅をしていた頃、縁があって壱岐の漁師の網元の家に嫁いで幸せな日々が続いたという。女の児をひとり生んだが、お産の後、体を悪くして病(やまい)にかかり、それが長引いてその年の冬、島の総合病院で死んだという。こどもは父親の家族が育てあげている。               神楽衣装の姿は母親にも似ているが、年老いて死んだ母親が今頃、あんな風に現れて悪さをするだろうか……やはり里美か──かすかな思い出が頭の中に幻影を作り出そうとしている。

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