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更新日時:2019.01.23


小説 / SF・ファンタジー

連載中 6.鮎の眼をした雪女

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 思い出せないはずはない、高校三年の夏、母親と里美に地蔵堂の前でわたしは会っている。美しく成長した娘に会っている。

「やましいことがあると、見えないものが違って見えてくる」と和尚は言う。

誰にも話していないことがある──冥土で里美に謝らねばならない。

 

 高校三年の夏、受験合格の祈願で正運寺に参詣した。わたしは詰襟の学生服、母と叔母が一緒だった。叔母は父の法事のたびに世事に長けない母と同行して寺に足を運んだ。父はわたしが高校に入る前、鉱山事故で死んだ。閉山に伴う爆破作業に立ち会って被災しそれが元で闘病して死んだ。 寺からの帰り道、地蔵堂の前を通り過ぎようとすると、縁端に、白装束を薄緑の半合羽で覆った同じ格好の二人を見かけた。笠をかぶって腰を下ろした女と寝そべる女がいた。じりじり、暑さを増す夏の日差しを避けたひと時に思えた。祠(ほこら)の裏手には笹がざわつく竹やぶがあり、ユキツバキがまばらに生えていた。背の伸びきらないイチジクの木もあった。

 横になった女の脚絆がすれる音といびきが聞こえた。艶のある顔に髪をたらして、年上の女が疲れた寝相を見せていた。若い女は私たちに気がついて目を上げて微笑んだ。きれいな襟足が見えた……美しさに引かれた。その娘が、制服の姿しか知らない天野里美だとすぐにはわからなかったが、特徴のある眉と歯ならびに気がついた。生徒会の委員で校門の外によく立っていたので、わたしは他の生徒に顔を知られていたのかもしれない。じっと見ていたその目を覚えている。

(こんにちは、暑いですね…)そう言うつもりが、わたしは黙った。叔母がひどいしかめ面をしたのだ。母も口をむすび眼をひそめて休もうとせず歩き出した。

 叔母が小声で、『色キチガイが、坊さんをたぶらかして罰があたるくさ!」言った──はっきり聴こえた。娘にもきこえたろう。聞こえなかったように……見てほしくない人に見られたように横を向いた。ユキツバキがざわめいた。

 その娘をあろうことか、知っている悪ガキ四人が誘い出して辱(はずか)しめた。産婆を伯母に持つ義弘が腰ぎんちゃくの東原と組んで、いやがる写真屋と呉服屋の息子を引き入れた。あとの二人はついて行っただけだが結局、四人組が里美を強姦したということになった。

 娘は学校に出てこなくなった。休学した。表に出すまいとしてもこの手のことは隠しようがない──うわさが広がった。いわくある男が四人組の親を呼び出しはじめた。

「金の代わりに田んぼや山があろうもん。ひとの娘の人生をどうおもっとるんか」親たちは言われて取られた。呉服屋と産婆と写真屋は金を、腰ぎんちゃくの親は田んぼや山林を金に換えて取られた。なぜかうちにも来た。その日、わたしはいなかったが、

「何の因縁をつけるか、昭男は試験に出かけていなかった」母がつっぱねると男は帰ったそうである。何も知らなかったのだから……わたしは何もしてないのだから関係ないとその時は思った。大学の受験日だったその日は、違う方向に出かけたことがはっきりしている。あの娘がそんな目に遭ったことなど知る由(よし)がなかった。

 義弘と東原は事件が表に出て高校をやめた。退学させられたのである。義弘はその後も出生地を離れて暴力沙汰を繰り返し銃刀法違反で手配されるなどして現在も行方不明。提灯持ちの東原は五十代半ばで早死にした。写真屋の息子は卒業後、親戚を頼って出奔し、大阪で住宅会社に就職して不動産業を学んだ。五十代になって帰郷し僻地を開拓して販売しようとしたが、土地の水吐けが悪く役所に申請を繰り返した。資金繰りが悪くなり困窮して自殺した。

 親たちが金を払い当事者たちの姿が消えた後もうわさが長引いた。娘の母親が男に金を渡して交渉を頼んだことが先代住職の耳に入り、いろいろ取りざたされることが起こった。

 わたしはそれよりも……なぜあの賢い娘が、悪ガキたちに簡単におびき寄せられて出かけたのかわからなかった。程なくして──それはわたしが書いた一枚の偽手紙がそのきっかけを作ったことがわかって動転した。

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