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更新日時:2019.02.01


小説 / SF・ファンタジー

連載中 8.鮎の眼をした雪女

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 家内の数珠は祈祷してもらい肌身離さず持つようにした。和尚が顔を見せてくれと言うので、

 長男のジープの送り迎えで寺に通うことにした。

  三ヶ月が経った。年寄りの身であれば死ぬことなぞどこ吹く風、わたしが元気な様子を見せる一方、長男は仕事が多忙になって頻繁な同行を面倒くさがりはじめた。

 またひとりで、寺参りを楽しむようになった。

 医者に行った。小学校の校医をしていた医者が年老いて、その息子が院長になり内科病院で診察している。医者は私のクレアチニン(腎機能)の値が悪いと指摘するが、他に悪いものがない──腎機能の低下に特有な症状も出ていない。血圧やコレステロールの薬を服用し、よく歩き、

運動もしている。現代医学では悪化を抑える療法がないという領域のようだ。

要するに、今の元気であることを楽しみなさいということか。

 次の冬が来る頃、孫がジープに同乗した。男の子だ。学校が終わる頃、父親と迎えに来る。

「じい、なぜ、お寺に来る?」

「死んだら寺で世話になるから、今のうちになじみになっておくんだ」

 いつまでも健康で孫の顔を見れるのはありがたい。

 

 凍るような冬が来た。

「昭男さんの死相は消えよるんだかな……」

  和尚から思い出したように言われた。その日、寺に長くいた。

 酒を飲む時間がもう少しあったのだが。

「波多江の甚作さんがなくならしゃったげな……この雪の日に」

 電話を取ったお千代さんが和尚にささやく。入院していた脳神経外科病院で甚作さんが今しがた亡くなった。仏(ほとけ)さんの家族、縁者らが、通夜の斎場に向かったという知らせだ。

明日の具体的な予定も知らせてきた葬儀社からの連絡だ。

「葬儀社の車が五時に迎えに来ますのでよろしいか」と。

「あん人はもう少しもつかな、今日ではなかろうということであったのだが」

 和尚は出かけることをすぐ承諾した。

 つや(通夜)の弔いは和尚ひとりでよいが、明日の斎場での葬儀にはもう一人、付き添いの僧侶が要る。準備をはじめながら和尚は手筈を書いたメモを見て別の寺に連絡を入れはじめた。

 酒が入ってしまった和尚はうすめるためと言って、水を飲みに台所に走った。

わたしが家に電話すると、長男はまだ帰らないが、時間に間に合うように出ていくという

返事であった。

 和尚は葬儀社の車で出かけた。雪がおさまり落ち着いた冬日和になっているので、

わたしも早めに寺を後にした──下り坂の途中で長男のジープと出会うことになるだろう。

蛇の目傘を小脇に、もらった山芋を右手に抱えて寺の前の坂道を降りはじめた。

二十分もしないうちに地蔵堂の前に降りてきた。

 お堂の前は一部、コンクリート舗装だが、水が出て小高い畝(うね)が凍りついている。

滑って転ばないように丹前のすそを持ち上げながら歩いた。

 雪が止んだ山を背景に地蔵堂が妙にポーと明るい。時計をみると五時半をすぎている。

冬ならば大分暗くなっている頃で、おかしなことがあるものだなと足を止めた。

 ところが今までになく体がだるく、疲れを覚えてしまった──めまいもしてきた。

思わず、お堂に近寄って腰を下ろした──休んでいると、また雪が降り出した。

 これはいかん、引き込み部分から離れていると迎えの車に見えまい……立ち上がろうとすると誰か坂の上から来る。ではあの人が降りてくるまで待つかと眺めていると、人影が地蔵堂の方へ、急ぐともゆっくりともつかない足取りで浮いたように近づいてきた。

 雪のような、あの女であった。はっと、戸板の影に隠れて息を殺した。

通りすぎると思いの外、女は向きを変えてこっちへ来る。もう逃げることはできない…縁の片側に体を硬くしたままわたしは動かなかった。

 白い女は凍った地面を浮いたように越えて、地蔵堂のひさしの下をくぐってきた。

反対側に立つと、そこに、ひっそりと腰を下ろした。

 小さなお堂であるから間隔が二メートルもない。女は雪が降り積もったように坐っている。

恐ろしさを忘れて横目で観察すると、時々体を震わせている。長い髪の人間に似せたかたちは、今日は巫女姿でなく、やつれて、白い着物を着た雪のかたまりに見えた。

「寒くないですか…」また、つまらないことを言ってしまった。

 女は音もなく立ち上がり、石地蔵の背後を移動して裏手の竹やぶの前を抜けて、後ろ向きに

とまった。それから、まねくように……ゆっくり振り返った。

 

「昭男さんは、こげん大事なもんを…」

 寺ではお千代さんが、火鉢の横に置き忘れた数珠に気づいた。

長男のジープはふもとの家を出たばかりであった。

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